上田市菅平高原

5回目を迎えたトレイルランニング大会。景観美がウリだ
5回目を迎えたトレイルランニング大会。景観美がウリだ

 標高1,300m。夏でも冷涼な地域であることから、古くからラグビーの合宿地として名高い長野県菅平高原。合宿を中心に団体客の受入に傾注しているこの地域が2008年からトレイルランニングの大会を開催し、個人で大会に参加するスポーツ愛好家を受け入れるようになった。5回目を迎えた今年の参加人数は約900人。スポーツツーリズムの先進地域ともいえる菅平高原の受入態勢を取材した。

※A3判のスポーツツーリズム通信はこちらをご覧ください。

合宿地として培った地域ブランドを観光資源化

ラグビーやサッカーの合宿地として有名
ラグビーやサッカーの合宿地として有名

 

 菅平といえば、ラグビーの合宿地で名高いが、今ではサッカーの大会や陸上、テニスの合宿など、競技種目は多岐にわたり、高地トレーニングのメッカとして名を馳せている。その菅平でトレイルランニングの大会が開催されるようになったのは2008年から。グラウンドを持つ宿泊施設は団体客の受入が見込めるが、設備を持たないペンションや民宿にはウリがない。そこで、ここ菅平が古くから合宿地としてスポーツの分野では有名だったことから、自然美にあふれる高原をそのまま観光資源にしたトレイルランニングに着目。トレイルランニング大会の主催で実績を持つフィールズ(千葉県茂原市)に声をかけ、2008年に1回目の「菅平スカイライントレイルランレース&アウトドアミーティング」の開催に漕ぎ着けた。

 地域の活性化と観光振興になぜトレイルランニングを選んだのか。

「菅平は長い間、スポーツの合宿地という需要があるから成り立ってきた。他の地域の観光とは性質が違う。何かをするならスポーツを軸に、それを発展させていくしかない」と、菅平高原トレイルラン実行委員会の土屋喜則実行委員長は言う。スポーツで培ってきた菅平のブランドイメージの深化を図る戦略だ。

 菅平高原のある場所はかつて真田町と名乗っていたが、2006年に上田市に合併した際、北部のこの地を真田町と分け、新たに上田市菅平高原と命名した。知名度のある菅平高原を名称から地名へと格上げし、スポーツブランドを優位にすべく、独自の誘客に動き始めた。

 

9月から6月開催へ移行し、200人増加

梅雨の時期だが、2012年は900人を集客
梅雨の時期だが、2012年は900人を集客

 

「菅平スカイライントレイルランレース&アウトドアミーティング」を主催する菅平スカイライントレイルラン実行委員会は、コースの整備やマーキングの設定・撤収、計測、スポンサーとの交渉などレースの部分を担うフィールズ(千葉県茂原市)と、宿泊の手配、エイドステーションの設営、コースの草刈り、駐車場への誘導などレースの周辺業務を担当する地元の旅館組合から成る。「来てくれるお客様に気持ち良く過ごしていただけるように配慮することが私たちの仕事です」(土屋氏)と、レースの部分を担うフィールズとの役割分担は明確だ。
 大会は、例年であれば9月に実施しているが、2012年は初めて6月に開催した。梅雨の時期の開催ではあるものの、9月だと周辺で同様の大会が多く、人気の大会に選手が流れてしまうため、敢えて今年から梅雨入りギリギリのこの時期を選んだ。この時期だと近隣にトレイルランニングのレースが少ないことと、「夏場は農家や宿泊施設も繁忙期で準備に手が回らない。雪解け直後はサッカーの大会などがあって難しい。準備する側にとっても好都合なのが6月だった」と、土屋氏は受入側の事情を明かす。
 結果、集客は上々で、2011年の参加者を200人上回る約900人が応募してきた。告知は実行委員会、フィールズそれぞれのサイトで、募集はランネットとスポーツエントリーで行った。開催時期をめぐる選手たち参加者と受入側の絶妙なタイミングが奏功した形だ。

エントリーフィーに3,000円の宿泊デポジットを組み込んで募集

土屋喜則実行委員長
土屋喜則実行委員長

 地元の実行委員会にとって、大会の目的はスキーと合宿シーズンを除く閑散期の宿泊客の需要喚起にある。200人の増加は嬉しいが、本音を言えば目標は1,000人突破、1,500人に到達すれば運営も楽になると語る。
 菅平スカイライントレイルランレース&アウトドアミーティングのエントリーフィーは、42kmが10,000円、20kmが8,000円、5kmが3,000円で、42kmと20kmに出場する選手には県内在住でない限り前泊を義務付けている。宿泊代金は一律7,500円で、42kmと20kmのエントリーフィーにはあらかじめ3,000円のデポジットが含まれているので、選手は現地で4,500円を支払えば泊まれる。一見割高なエントリーフィーだが、実質は42kmが7000円、20kmが5000円と、他の大会と比べても高くはない。キャンセルやノーショーの場合はデポジットを払い戻さない仕組みなので、実際に選手が当日来なかったり、来ても泊まらなかった場合でも宿泊施設側のただ働きは避けられる。

運営予算は選手の参加費のみ

大会を支える旅館組合
大会を支える旅館組合

 宿泊施設側の実入りはこの7,500円×宿泊人数分だけであり、そのほかのエントリーフィーはフィールズが大会運営に費やす。県内在住者や5kmの選手は泊まらないので、単純に500人が宿泊したとして1泊で375万円の宿泊費が地域に落ちる計算だ。
 大会の費用はこれまで、地域の元気を生み出す事業に出される県の「元気づくり支援金」や、市の「地域づくり支援金」の助成を受けていたが、運営が軌道に乗った2011年からこうした補助がなくなり、今は選手のエントリーフィーだけで賄っている。スポンサーにはスキンズ、ニューバランス、マムートなど世界的に有名なアウトドアブランドが名を連ねているが、協賛金として現金を払ってくれるところはなく、ほとんどが副賞賞品や景品として自社の品物を提供するにとどまる。だからこそ、より多くの選手を集客し、地元に落ちるお金を増やしたいというのが本音だ。
 ただ、前泊の強制は選手にも負担を強いる。選手や家族、応援する同伴者は同様のレースに年間何本も出場しているので、できるだけ出費を抑えたい。ただでさえ、菅平までの交通費がかかってしまうため、開催当初は車の中で寝泊まりしたり、キャンプ場を探す人がいるなど、前泊義務に抵抗を持つ人は少なくなかった。「地元の収益は宿泊料のみ。泊まってくれなければ地域にお金が落ちない。お金が落ちない大会に協力するのは難しい」。実行委員会を担う旅館組合は、1泊にせよ大勢の宿泊者が来てくれることを条件にコース上の草を刈ったり、エイドでボランティアをするなど、人を出して大会を支援する。
 開催5回目にしてようやく最低目標の1,000人まであと一息のところまでやってきた。継続と工夫は力なりである。

 

ゆくゆくは、選手や地元民が交流できる交流会を前夜祭に

前泊者を前夜祭で盛り上げようとするが…
前泊者を前夜祭で盛り上げようとするが…

 

「もう少し予算があれば…」というのは切実な問題で、実質無償ではボランティアを集めづらく、前夜祭の盛り上がりにも欠ける。大会準備にもっと人手がほしいため、実行委員会はツイッターでボランティアを募るが反応は薄い。住民にメリットがないからだ。思い切ってボランティアではなくアルバイト扱いにして日当を渡したほうが楽なのだが、その資金がない。そのため、コース上に必要なボランティア集めは、今はフィールズが担っている。「1,500人が来てくれればアルバイトのお金が出せる。値上げをすればよいのだが、今の参加費が妥当ではないか」と実行委員会はジレンマを抱える。
 資金が少ないと、せっかく前泊してくれた選手や家族らへのもてなしが満足にできない。単に宿泊してもらい、レースに出て帰らせてしまっては何のもてなしにならないし、菅平のブランディングにも寄与しない。一方の参加者も「これなら当日の早朝に来ればよかった」となり、不満が募る。来年以降のリピートも期待できない。そのため、実行委員会では前夜祭を用意して参加を盛り上げようと苦心する。

 

司会で盛り上げるが、地元の知識に乏しく課題残る前夜祭

実行委員は「来て良かったと言ってもらえる前夜祭をいつかやりたい」
実行委員は「来て良かったと言ってもらえる前夜祭をいつかやりたい」

 前夜祭は、参加者を受付会場である菅平国際リゾートセンターの2階に集め、地元で作られたオヤキ、饅頭、飲み物などを振る舞い、スポンサー提供のドアプライズが当たる抽選会などで盛り上げる。ただ、抽選会の時間が長すぎ、途中で会場を去る人が出るなど、プログラムは単調だ。司会には吉本興業所属のタレント、こてつの2人を起用して場を盛り上げたが、菅平太鼓をたたいた地元の子供たちへのインタビューはなく、また、菅平がどういうロケーションや歴史があるところなのか、この地をPRするには遠くから来過ぎていた。菅平の良さや歴史、山の特徴などを冗舌に語れる地元民がいれば、前夜祭の趣は変わっていたかもしれない。
 しかし、「速い人だけでなく、参加者すべての人に平等に楽しんでほしい」と願う実行委員会の願いは懸命だ。「本当にやりたいのは選手や地元民が交流できる交流会。うんと食べてしゃべって、来て良かったと言ってもらえる前夜祭をいつかやりたい」と土屋委員長は熱く語る。
 問題は、全選手やその家族を一堂に集められる屋根つきの施設が菅平にないことだ。2019年、ラグビーのワールドカップが日本で開催される。その事前合宿に各国の選手を呼びたい菅平にとって、屋根つきの大きな施設の有無は今後の誘致に影響を与えそうだ。

 

大会開催で個人への対応強化ができた

当初は道なき道を笹を刈りながらトレイルをつくった
当初は道なき道を笹を刈りながらトレイルをつくった

 

 資金や施設面でまだ満足とは言えない菅平だが、トレイルランニングのレースが行われるようになって改善されたこともたくさんある。
 まず、これまでの宿泊需要は、ラグビーやサッカーの合宿頼みだったため、受入の交渉相手は学校やサークルや旅行会社などの団体だった。交渉相手は1人でよかったので手配が楽で、客をひとつの固まりとして見ていればよかった。ところが、個人参加のトレイルランニングの大会は、個々の問い合わせに応じ、宿泊時の要望を聞き入れるなど、個への対応を余儀なくされた。この結果、ホスピタリティの精神が高まり、参加者から大会や宿泊施設に関する良し悪しを直接聞けるようになった。「最初は面倒だとだれもが思ったが、個人への対応の仕方が徐々にわかり、やってよかった」と、土屋氏は開催当時を振り返る。

 それでも当初はトレイルランニングがどのようなものかわからず、立派なトレイルが整備されている斑尾へ視察に行くなど、苦労を重ねた。道なき道を笹を刈りながらトレイル作りに励み、「これは大変なイベントになるぞ」と戦々恐々としたり、やってみると1軒当たり10~20人しか集客できずにがっがりしたこともある。しかし、回を重ねるごとに運営に慣れ、積極的になってきた。

 

おもてなしの精神が芽生える

実行委員会を称えるフィールズの野々山晴之氏
実行委員会を称えるフィールズの野々山晴之氏

 競技をサポートするフィールズの野々山晴之氏も大会5回目を迎え、地元が変わったと断言する。
「最初は宿泊客を受け入れるだけの受け身だったが、実行委員会の若手を中心にアイディアが出るようになってきた」。
 各地で大会を主催する野々山氏によると、菅平は行政に頼らず、旅館組合が主導の、言わば民の力で成り立っている素晴らしい組織。その逞しさは、ずば抜けている。スキーと合宿頼みに危機感を抱いた若者たちの本気が伝わってくる」と絶賛だ。
 地元ではこの時期、レタスの栽培が盛んで、高台にいればたいていは眼下にレタス畑が臨める。しかし、レタスを台に載せて軒先で売る農家はなく、ほとんどの農家がまとめて農協へ出荷する。そのほうが効率的だからだ。いつの日か、たくさんの農家が選手を応援したり、選手の家族に対して野菜をセールスしたり、私設エイドで野菜を振る舞う日は来ないだろうか。それを実現するためにも、住民と参加選手との交流や、互いを理解する場が必要だ。

 

駐日スイス大使がやってきた!

駐日スイス大使がスターターを務め、姉妹都市交流が活発化
駐日スイス大使がスターターを務め、姉妹都市交流が活発化

 

 菅平高原がある旧真田町とスイスのダボスは1976年以来、姉妹として友好関係を結んでいる。ダボスの丘という地名があることからもそれは想像できるが、36年間ずっと友好関係が続いていたわけではない。一時はその交流も途絶えていたが、この菅平スカイライントレイルランレースの開催を機に交流が活発化してきた。今では東京からわざわざ駐日スイス大使が菅平を訪れてスターターを担当。スピーチでは上田市の市長と肩を並べ、互いにエールを交換するなど姉妹都市同士の友好関係が再び実を結び始めた。現に今年は、42kmコースに一般参加した総合男女1~3位と、上田市在住の男女1~3位の中から抽選で1人にアルパインマラソン・ダボスへ派遣する特典も設けられ、大会に花を添えた。姉妹都市同士がスポーツを通じて市民を交流し合う。ポーツツーリズムの新しい可能性がまたひとつ、菅平で実現した。

 菅平スカイライントレイルラン実行委員会は7月3日、参加者に対し、スタッフの対応、コース、前夜祭、宿泊施設などの印象を問うアンケートをメールで一斉送信した。
 合宿地としてスポーツで名を馳せる菅平だが、個人参加のレースを行政の資金を頼らずに行うには歴史が浅く、実はこの地でもスポーツツーリズムは始まったばかりと言える。旅館組合以外の支援が少なく、住民と選手の交流の機会がないなど課題は多いが、問題を発見し、ひとつひとつを解決していく姿は、将来大きな大会に成長することを期待させる。
「来て良かった。また泊まりたい」と思ってもらえるレース運営に向け、地元の若者が自主的に活動し始めた菅平高原。受入側にその熱意がある限り、大会も成長を続けそうだ。

トレイルランニング大会を開催して地域が変わったこと(菅平高原編)

① 個人への対応強化で、おもてなしの精神が芽生え始めた

② 民間主導で閑散期の危機に必死に取り組み始めた
③ “スポーツの菅平”ブランドの深化
④ 梅雨の6月開催に移行し、900人を集客
⑤ 駐日スイス大使が来るなど、姉妹都市交流が再び活発化
大会のここが良かった!
① 東京からわざわざ駐日スイス大使が訪問
② 5kmから42kmまで多彩な種目設定で、参加しやすい環境づくり
③ バリエーション豊かなトレイル
④ 絶景の高原風景
⑤ ほのぼのしたエイドステーション運営
⑥ 具だくさんの手作り豚汁(お代わり自由)
⑦ コースミスを防ぐ細かなマーキング
⑧ 分岐点への人員配置
⑨ 大松山での写真撮影サービス
⑩ 大会終了後のアンケート送付

こうすれば、もっと思い出深いレース(課題)

① 食事を各自が宿でとるのではなく、交流パーティ形式に

② ブリーフィングから前夜祭まで約1時間の間の選手の扱い
③ 会場と宿泊施設を巡回するバスの運行 
④ 地域住民の応援 
⑤ コース上に景勝を説明できるガイドの配置や応援を